大人と子供
2008 08 01 20:11
子供の視点から
自分はというと、子供だろう。どこまでが大人と子供のボーダーかは時代によって変わるものだが、ここでは自分は子供であると定義して、その視点から書いてみる。
馬鹿なことやったり、馬鹿なことやったりしながら、少しずつ成長してきた訳だが、『大人と子供は根本的には同じ人間であって差はない』おっと、この文に多かれ少なかれ反感を持った大人は落ち着いて最後まで読んで欲しい。大人子供対等論を述べたい訳じゃないのですよ、はい。
大人である、ということと、子供であるということに、人間の本質的な優劣はないだろう。年齢はどうあれ、それぞれ自分なりの意志を持ち、個性豊かな価値観で行動している、ただの人間である。
大人になる
今の時代、大人と子供の境目は曖昧で、例えば、昔であれば子供は9時に寝るが常識だったものが今では0時まで平気で起きていたり(そもそも昭和と平成じゃ親も子供も生活の時間軸が全然違うが)、学校での教師の立場は低くなるばかりで、子供は大人を馬鹿にし放題。確かに大人も"互いに"合理性の無いことを子供に強いたりすることもあるが(中学高校での"過剰な"身なり検査とかね)子供はそれに反発することができる世の中だ。
そんな中、確かに存在する大人と子供の圧倒的な差。それは経験である。子供の自分が自信を持って言うんだから、間違っちゃ居ないだろう。大人は「子供時代」をすでに経験し終わっているのに対し、子供はまだ「子供時代」の最中だ。色々と失敗を経験し終わり、失敗が直接自分にリバウンドするのが大人で、失敗を経験している最中で、これからそれを糧にしなければならないのが子供である。
饒舌になって勝手に大人と子供を再定義してしまったが。とにかく、今の自分と同世代の方々には、以上のことをちょっとだけ知って欲しいかな。(もちろんすでに分かっている人が大半、だと信じているけど)
大人の目からすれば
大人の目からすれば、自分がすでに経験したことを、未だに分からずに好き勝手やってるのが子供な訳だが、それを馬鹿にすることはいけないことだと思う。それは熟練と入門を比べて入門者を馬鹿にすることと同義だからだ。
自分の周囲
自分は今までたくさんの大人と接してきた。彼らは、子供を尊重しようと努力し、未経験のことにたじろぎながらも、試行錯誤して、自分のような子供と同じように悩みながら、大人としての態度を子供に見せ続けていた。大人が子供の時に踏んだ失敗と、同じようなことで子供がつまずかないように、教育してくれたのだ。おかげで今の自分が居る。
本当に、素晴らしいいい人ばかりだったと思う。
残念ながら、自分の周囲にはそれが分からない子供が多数居たし、今も居る。ちょっとだけ悲しくなる。一方的に大人を批判する権利を、子供は持っていない。それが分からず、強制される不満だけを跳ね返していた。大人が子供に与える強制と上手く付き合っていけばいいのに、と同じ子供の自分はいつも思っている。
自分が子供である理由
最初に自分は子供だ、と断言した。理由はある。自分はまだ阿呆な失敗を何度も何度も繰り返しているからだ。誰かに言われないと気づけなくて、後になって反省する。それをループさせている限り、自分は自分のことを大人だとは言えない。(こう言うと見た目だけ大人で中身が子供な方も多数居そうな気がしてくるが、今述べるのはよしておく)
自分が経験を積めるように、バックアップしているたくさんの大人たち。親には莫大な額の学費を負担して貰っているし、いろんなところに迷惑をかけて、支えて貰っている。
自分はそんな人たちへの暖かい気持ちだけは絶対に捨てない、忘れない、と心に誓う。


このブログを購読
コメントする